フードサイエンスラボ ~第8号~
ご飯の力
FOOD SCIENCE LABORATORY
フードサイエンスラボ
第8号
今回は炊飯を科学的に研究する立場、ご飯と料理を作る立場、それぞれの視点からのアプローチとともに、米と「ご飯の力」について多角的に探ります。
ご飯の科学
加熱を切り口とし、米をどのように炊けばおいしさと健康性を最大限に引き出す研究成果と、科学的な視点でご飯の力をご紹介します。
お米の食感はデンプンがカギ!
精白米は3層構造になっています(図1)。細胞の中にデンプンを蓄える細胞小器官(アミロプラスト)があり、さらにその中に2-3μmのデンプン粒が存在します。
米粒の微細構造は、アミロプラスト、デンプン粒の三層構造をしており、精米→吸水→炊飯→保存の各工程で巨視的・微視的構造変化が生じます。
調理によるデンプンの3段階構造変化!
膨張:
これらのデンプンは水を吸うと大きく膨らみ、吸水で約1.2倍の大きさになり、炊飯で約2.3倍に膨らみます。
糊化:
膨張したところに温度が加わることで、水+熱=「糊化」という現象が起こります。米は生米の状態ではβデンプンという結晶構造をもっており、糊化するとその結晶構造が崩れ、αデンプンに変わります。
老化:
糊化した米を放置すると、徐々に弾性がなくなり、「老化」という現象が起こります。結晶構造から水が抜け、元の構造に近いβ´という構造に変わります。 この3つの現象が炊飯における、大きな科学的構造変化です。それぞれの工程で、構造変化の可視化・定量化を行いました(図2)。
吸水状態の可視化、定量化!
可視化:
ラボで開発した米粒の吸水状態を可視化する技術を用いて、異なる浸漬温度(10℃、25℃、40℃、55℃)で吸水させた場合に、どのように水が入っていくかを観察しました。40℃や55℃では、胚芽跡から水が入り、10℃や25℃では米のひび割れ部分を中心にゆっくりと水が入ります。ただ、高温では中心部まで水が入りにくいため、最終的な色は低温の方が濃くなりました。
定量化:
これらの変化を画像解析により定量化しました。低温の方が変化は遅いのですが、最終的には逆転し、最初の吸水速度が遅いものほど、より吸水するという結果がえられました。
では、炊飯時にデンプンはどう変化しているのでしょうか。デンプンが糊化すると、一部が多孔質構造になり、アミロプラスト単位で糊化が進行します。さらに糊化が進むと全体的に糊化し、多孔質の構造が大きくなっていきます。
異なる浸漬時間で浸漬後炊飯したご飯の糊化の進み具合と食感との相関を、10℃20分、60分、120分で比較してみました。
ご飯の断面写真を見ると、20分では外側(下側)がきれいに糊化している一方、内部(上側)は糊化が不十分であることがわかります。
60分では糊化が十分に進み、内外とも均一な多孔質構造となり、120分では多孔質がさらに大きくなっています。
食感は、20分では芯が残って若干硬く、粘りが少ない状態。浸漬時間が長くなるほど柔らかくなりますが、粘りという点では、120分では‘べっちゃり’としてしまいます。よって、吸水が平衡状態になる60分が程良い食感になることがわかりました。
食感の定量化
歯を模した治具を用いて、治具で米を押した際に治具にかかる荷重を計測することで、ごはんの食感を数値化します。図5の右側の写真は前歯で米粒を噛んだ時の状況を、左下の写真は奥歯でまとまった量のごはんを噛んだ時の状況を模擬しています。右下のグラフは奥歯で繰り返し噛んだ時の荷重の変化ですが、このグラフからごはんの硬さ、粘り、凝集性などの情報が得られます。
これらの技術を用いて、それぞれのシェフのごはんの食感を定量化し、調理中の変化について構造評価技術(吸水、炊飯)による分析を行いました。
各料理における米とご飯の力
日本料理と白米のご飯、寿司飯、フランス料理と米、各料理におけるご飯を、前歯、奥歯を模した器具を使って、テクスチャー部分を中心に分析を行い、それをサポートする形で含水状態、吸水率、構造観察を行いました。
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コーディネーター:門上 武司
1952年大阪府生まれ。「株式会社ジオード」代表取締役/「あまから手帖」編集顧問。料理雑誌『あまから手帖』の編集顧問を務めるかたわら、食関係の執筆、編集業務を中心に、プロデューサーとして活動。「関西の食ならこの男に聞け」と評判高く、メディアへの登場も多い。
フランス料理「仔牛のブランケットとピラフ」
料理について
日本の米は地方によって違い、品種も何百種類もあります。誰が作ったか、どこの水を使ったかなどの違いがあります。これはフランスのワインと同じだと思います。
フランス料理で米は、野菜としての位置づけです。
フランスでは「炊きたて信仰」は一切なく、焼いて落ち着いたものが喜ばれます。
今日のピラフは昔のフランスっぽく、いつもよりも火を入れぎみで作ってみました。仔牛のブランケットは、白く仕上げるために、仔牛の肉を湯掻き、たくさんの白ワインと野菜とで、ポトフのように煮込みます。柔らかくなってから肉を引き上げ、ルーとバターを合わせたものにブイヨンを合わせ、シチューのように作ります。クリーム煮ではなく、ブイヨンの中にルー、小麦粉、バターが入ったものと思ってください。
フランス料理の味の基本は「塩」と「脂」と「酸」。白ワインで酸味、塩をしっかり、仔牛やバターの脂が、本来のフランス料理の味の構成だと思っています。
フレンチレストラン「レストラン ラ・フィネス」オーナーシェフ 杉本 敬三さん
分析結果
サンプル:①ピラフ、②リゾット、③ピラフ加温
奥歯の計測で、16gのご飯を集合として扱い、潰して引き上げ、また潰すという実験を行い、「付着性」、「粘り」、「凝集性」の3点を評価しています。
ピラフは、1回目はかなりのエネルギーが必要でした。ピラフを加熱すると1回目で柔らかく、2回目、噛んだ時にはほとんど硬さがないという結果。粘りも凝縮性も小さく、ご飯がパラパラの状態になっていることが伺えます。
崎さんの感想
米は乾物ですので、戻し方が大切です。僕の中のイメージがデータされたという感じですね。シャリは、半分は食感があって半分は柔らかくて甘みがある。半分、半分くらいで混ざるとシャリとしておいしいかと思います。
Q. 今回の分析結果をどう感じられましたか?
おいしさを求めて、今まで自分自身で試行錯誤して編み出してきたことが、今回の科学分析で正しかったのだと証明された感じがしました。
日本料理「徳岡邦夫が考えるご飯」
料理について
茶事で供する食事で、‘四つ碗’に出す炊飯米が「煮えばな」です。イタリアンでいう「アルデンテ」。ちょうど炊きあがりより3分早い段階、ちょっと芯のある状態、米のまわりに透明な熱い膜が一粒ずつにある状態、トロトロとなるようなご飯です。以前、それを食べたら、もの凄くうまかったので、そういう状態のご飯を今回提案しようと思います。
米を洗うのは、水を溜めて米を入れてサッサッとかきまぜてザルに上げ、また溜めているものに浸けてというのを3、4回行います。長く浸けておくと糠が水に溶けて、米に臭みがしみこみます。酸化しやすく、腐りやすい。
同じ生産者、産地、品種でも、米には一粒ずつ個性があって、吸水力が違います。だから、吸水時間を1時間くらいにしています。早いのも、遅いのも1時間浸けると、同じような吸水状態になるだろうと考えています。出汁で炊くご飯もありますが、その場合は水から一度上げて、乾燥しないようパッケージして1時間くらい置く。そしてもう一回、吸水し直します。
「京都吉兆 嵐山本店」総料理長 徳岡 邦夫さん
分析結果
サンプル:煮えばなの米飯
「煮えばな」のご飯を正確に観察するため、ラボにて、丹波産の米を炊飯し、出来たてのご飯を瞬間冷却して、その時の構造を観察する手法をとりました。サンプルにしたのは「蒸らし」開始の5分前、「蒸らし」開始の時点、3分後、5分後、10分後です。そうすると、0分では中央に若干芯がある。3分で芯があるかないかの状態。5分、10分では芯がなくなるという変化が見られました。
徳岡さんの感想
「煮えばな」のご飯を、「アルデンテ」ととらえて、「芯のある状態」と感じていましたが、それは、一粒一粒に芯が残っているということか、割れたお米のとろみが他のお米に絡んでいるのか、どいういう状態のことを改めて観察してみたいと思いました。
Q. 今回の分析結果をどう感じられましたか?
おかずと一緒にご飯を食べると、ご飯の甘みや香りは分かりにくくなる。その時に大切なのは食感かと思います。香りも大事で、ある程度の水準の香りであれば、食感があるものの方がご飯の価値観、存在感は広がります。
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