22.08.30
人と地球に「COOLな未来」を
ゼロエネルギーで利用できる
放射冷却素材「SPACECOOL®(スペースクール)」
取材・執筆:Daigas STUDIO 編集部
大阪ガス(株)経営企画本部 兼
SPACECOOL(株)アライアンス本部長
夘瀧(うたき) 高久(左)
大阪ガス(株)イノベーション本部 兼
SPACECOOL(株)テクニカル本部長
末光 真大(右)
カーボンニュートラル社会の実現を目指して、世界では省エネや再エネへの取り組みが加速している。そんな時代に大きな希望をもたらす技術が大阪ガスによって開発された。その名は放射冷却素材「SPACECOOL」。
省エネでもなく、再エネでもない。エネルギーを消費せずに空間を冷却できる技術である。世界最高レベルの性能を誇る放射冷却素材はいかにして生み出され、事業化を成し得たのか。二人の挑戦者が、そのすべてを語ってくれた。
CHAPTER
01
技術を活かして次なる技術へ
飽くなき探究心で
新素材開発へ挑戦
大学院で素材開発の研究に取り組み、素材開発企業への就職活動をする中で、末光 真大は大阪ガスと出会い、技術開発や事業創出にも積極的な企業だと知った。
「あらゆる産業に影響力を持つエネルギー業界で、自分の研究でイノベーションをもたらすことができるかもしれないと思いました。さらに決め手となったのは、大学院研究室の先輩であった夘瀧が入社していたこと。夘瀧がいなければ、私は大阪ガスに入社していなかったかもしれません」
二人の再会は、やがてSPACECOOLの開発・事業化へとつながっていく。
大阪ガスでは、従来さまざまなエネルギーの変換・利用方法について研究を行っていた。末光は入社後にその技術を発展させるべく、熱を太陽電池が発電できる波長の光に変換し、太陽電池の発電効率を向上させる「熱光発電」を研究。熱光発電の分野で世界最高効率を達成するという成功を収めた。しかし彼の飽くなき探究心は、すでにその先を見据えていた。
「研究者は常に次の一手、新領域探索を考えねばならない。光を制御して他に何ができるのか。発電から発想を転換して考えたのが、熱エネルギーを赤外線に変換し、マイナス270度という極低温の宇宙空間へ飛ばして物を冷やす『放射冷却』でした」
末光は、赤外線で温度を測る放射温度計を携帯し、街の中で、自宅の屋上で、上空の温度を測った。地上の気温が20~25度でも空は計測できないほど低温でエラーが出ることも。さらに同じ頃、世界的な科学誌で放射冷却技術が紹介された記事を見て、その実現性を確信し、2017年に放射冷却素材の開発を本格的に開始。時には研究所の仲間たちの知恵も借りながら、開発は進んでいった。
CHAPTER
02
地球上の熱を宇宙へ放射して冷却
世界最高レベルの放射冷却素材「SPACECOOL」
放射冷却とは、地球上の熱が宇宙に放射されて物体が冷却される現象。一般的な物体の場合、昼間は太陽光からの入熱の方が放射冷却による出熱よりも大きいため、直射日光下で周囲より温度上昇する。SPACECOOLは太陽光からの入熱よりも放射冷却による出熱を人工的に大きくした素材であり、エネルギーを用いることなく、素材の温度を周囲の温度より下げられる。
大阪ガスによる2020年夏の実証実験では、直射日光が当たった状態でSPACECOOLの表面温度が外気温よりも最大約6度低くなり、世界最高レベルの放射冷却性能を実現。建造物や筐体(機械を収める箱)に施工することで、暑熱環境でも内部の人の熱中症を緩和したり、物や機械の高温化を抑制することができる。この技術は産業や生活のさまざまなシーンへと用途を広げ、大きな効果をもたらす可能性を秘めている。
CHAPTER
03
事業化へのスピードを求め
企業の枠を飛び越えて
次なるステップは、技術をいかにして世に広め、役立てられるか。SPACECOOLを製造・販売するための事業化である。そのキーマンとなったのが、冒頭で述べた末光の大学院研究室の先輩であり、大阪ガスへと導いた夘瀧 高久だった。夘瀧が担当するのは事業の創出、パートナー企業との提携、そして市場の拡大である。放射冷却素材は大阪ガスにとって新領域の事業展開であり、新たな市場開拓のスピードアップを重視。事業化に際しては、業務の意思決定および市場開拓のスピードアップを図るために、大阪ガスと、新規事業創出に数多くの実績を持つベンチャーキャピタルWiLが、共同で新たに会社を立ち上げるという方法がとられた。
大阪ガスとしては前例のない方法での事業化へ向けて、夘瀧は社内で理解を得るべく奔走したという。
「従来はDaigasグループ内の子会社で事業化するという方法が既定路線だったので、社内で理解してもらうのに苦労しました。『なぜ新しいやり方なのか、なぜベンチャーなのか』を理解してもらうための説得が必要でした。その一方で上層部は早い段階で理解を示してくれ、新しいやり方での挑戦に前向きだったので、賛同者を増やしていくことができました」
そして2021年4月、SPACECOOL(株)が設立されたが、その後も市場の拡大に向けた夘瀧の苦労は続いた。「当初は予算や人材の面で十分ではなく、自分も末光も大阪ガスの仕事をしながらSPACECOOL社の仕事を進めるのは大変でした。そしてまだ実験データが足りていなかったため、放射冷却素材という新しい技術の原理をお客さまやパートナーさまに、なかなかご理解いただけなかったこともありました」
CHAPTER
04
社会へ、世界へ
人と地球の「COOLな未来」へ
会社の設立から一年が過ぎた現在、SPACECOOLを用いた商品化が実現。「商品化されているのはセイリツ工業株式会社さまの『COOL分電盤』です。表面にSPACECOOLを施工して内部の温度上昇を抑制し、電子機器などの寿命延長を図っています。屋外機器では他にも太陽光により発電した電気の蓄電池に有用。ユニットハウスやテントの内部温度を下げて人の熱中症予防、空調の省エネ化でCO2削減効果も期待できます。また、SPACECOOLは2022年4月に国土交通大臣による不燃材料の認定(不燃認定)を取得し、建築基準法上、建物にも使えます」(末光)
夘瀧は認知度向上、市場拡大を強化。「脱炭素をはじめ環境問題をテーマとした展示会にも積極的に出展し、パートナー企業数の増加も順調です。2025年の大阪・関西万博の会場内での採用を目指した提案も行っています。これらの情報はWEBサイトでこまめに発信。さらに海外の中東や東南アジアなど、赤道に近く暑い国々で実証実験の準備を進めています」
さらに新規事業創出に数多くの実績を持つWiLと共同で事業展開することで、スピーディーな事業拡大も見えつつある。この夏には12社にも上る物流関連のパートナー企業と連携し、SPACECOOLを施工したトラックの荷台内部での実験を開始。温度上昇の抑止効果や燃費改善効果を検証しており、物流業界での期待も膨らむばかりだ。
「これからも次の一手を考え続けていきたい。今すでにある商品だけでなく、ラインアップを増やしたり、新たなシステムをつくったり、自分や会社が成長するためにも開発要素をどんどん進めていきたいと考えています」(末光)
「この事業をしっかりと成り立たせるために、まずは、売上を数十億円レベルにまで上げていきたい。その先には、世界中の建物の屋根にSPACECOOLが使われるほど普及させていきたいですね。そしてゼロエネルギーでの放射冷却素材を普及させることで、カーボンニュートラル社会に貢献できればと考えています」(夘瀧)
社会のさまざまなシーンへ、日本から世界へ。放射冷却素材SPACECOOLの可能性は広がり続け、脱炭素社会=「COOLな未来」の実現へ、大きな役割を果たせることだろう。挑戦者たちの大きな夢に、終わりはない。
私にとっての挑戦とは
夘瀧(うたき) 高久
大阪ガス(株)経営企画本部 兼
SPACECOOL(株) アライアンス本部長
工学研究科修士号、経済学研究科修士号を取得。
大阪ガス(株)入社後、エンジニアリング部で、水素製造や炭鉱メタンガス・バイオガスの精製技術の開発に従事。2015年から米国ヒューストンに駐在し、フリーポート液化基地の建設プロジェクトに参画。現在は、R&Dやイノベーションの戦略立案、推進を担当。2021年よりSPACECOOL社に兼務出向し、アライアンス本部長も兼任。
末光 真大
大阪ガス(株)イノベーション本部 兼
SPACECOOL(株) テクニカル本部長
工学研究科 博士号(博士〈工学〉)取得
大阪ガス(株)入社後、エネルギー技術研究所に配属。2013年より熱輻射(赤外線)を自在に制御する“フォトニック結晶”の研究開発に従事し、2019年に同研究で京都大学から博士号を授与される。2017年から放射冷却技術の研究テーマを大阪ガス独自で立ち上げ、本技術を取り扱うスタートアップ企業SPACECOOL(株)を設立 。テクニカル本部長として技術開発の立場から放射冷却素材の事業化を推進。SPIE Green Photonics Award (2016)、応用物理学会講演 奨励賞(2019)、近畿化学協会 環境技術賞(2022) 受賞。